29日目―転機―

「………ぅ、ぅぅあ、あああっ! あ、っかは、イっ………あああああっ!」
 自由になった手足だが満足に動かすことなどできず、狂ったように無意味な自慰をし続ける蛍は、朦朧とする意識を浮上させ、目を開ける。
 がこん、という重苦しい音。
 脳が溶けるかというほどの快楽地獄、体が焼けるかというほどの寸止め拷問。
 時間の進み具合すら理解できなくなった蛍の前で、ゆっくりと扉が開いていく。
 その事実を、ドロドロになった心身で、何とか蛍は認識した。
 
■■■
 
 扉を開けてまず感じたのは、異臭だった。
 すん、と鼻を鳴らして、梓は微苦笑を浮かべる。
(……一応、緊急用意は万全にしたけど、杞憂だったかなこりゃ)
 今までは、淫液や汗は垂れ流しだったとはいえ、一応排尿は管理していた。
 それが、スーツを着せっぱなし、漏らさせっぱなしになったことで、甘いような酸っぱいような饐えたような、何ともいえない臭気となっていた。
「あーあーあー、蛍ちゃんのじゃなかったら即処分だけどなあ、こんなの」
 だけど不思議と不快感は沸いてこないのだから、気に入るというのは不思議なことだ。
 梓が来たことで自制心でも復活したのか。
 ふりふりと振っていた腰も、狂ったように股間をまさぐっていた手も止めてうつむく蛍。
 こきこきと首を慣らして、梓は蛍の顎を蹴った。
「やあやあ蛍ちゃん。この五日間どうだったかな? ずぶずぶに快楽漬けにしてからの寸止めは効くっしょー? って、日本語理解できるのかな?」
「できるわよ」
「………は? っぐ⁉」
 いや、蹴ろうとした。
 だが、何がどうなったのか。
 サッカーボールを蹴るように振られた足を掴まれ、そのままぐんっ、と手前に引かれる。
 バランスを崩して仰向けに倒れる梓に、蛍は一気にのしかかった。
「ま、ずっ」
「遅い」
 全体重をかけて、白衣で梓の首を絞める。
 急激に酸素が抜けていき、体の末端が不快感に溢れる。
(でも、なんでっ。もう蛍ちゃんの感度じゃ、ろくに動けない、はず……)
 呼吸ができなくなり、肺も圧迫されて、急激に遠のいていく意識で、梓は必死に頭を回す。
 そして気づいた。
 かろうじて見える蛍の顔、その唇に、一筋の血が伝っていることを。
 でも、そんなまさか。
―――不感剤、外殻プラスチックだから。
―――鎖で自分の首を絞め出したから野放しにしたけど。
(飲んだふりをしたうえで5日間、薬を口に残していた、っての? あの極限下で、耐えるどころか演技まで……。焦らし責めに意志だけで耐えて、し、かも……自傷行為も、計算……?)
 朦朧とする意識の中で、梓の背筋を快感が突き抜ける。
 実験中に、見たことのないデータが現れたときに似た、アレ。
 目の前が一気にひらけて、体中を多幸感が駆け巡った。
(この子は、すごい……っ)
 最後に、栄誉を称えるようにぽんぽんと蛍の背中を叩いて、奥歯を嚙み。
 梓の意識はぷつりと途絶えた。
 
■■■
 
 悪魔が完全に気絶したことを確認して、蛍は立ち上がる。
 白衣を奪って中身を調べ、とりあえず羽織っておく。
(端末にはパスワード、このイカれたスーツの解除方法もなし。戦利品は追加の薬とカードキーか……)
 今もスーツは蛍を苦しめるべく、ひっきりなしに電流と振動を与えている。
 臭いもきついのでできれば脱いでしまいたかったが、無いものねだりを下も仕方がない。とりあえず脱出しなければならない。
 梓の靴紐を借りて手足を縛り、ブラウスを一部ちぎって作った猿轡をはめ、蛍は梓を部屋の端に寄せて扉を開けた。
 作戦はもう決まっていた。
(とりあえず脱出。あかりは心配だけど、まずは逃げ延びないと話にならない)
 いざとなったら、この馬鹿になった体を証拠に訴えればいい。あかりを助けるためならテレビの前で自慰だってしてやる。
 そして、部屋の外に一歩を踏み出す。
 直後。
ピーッ!
「な、にっ、っが、あ! なに、これっ⁉」
 出た直後だった。
 うなじ部分から怪しげなピープ音がして、スーツがぎぢっ! と硬化した。
 ごどんっ、と重たい音を立てて置物のように倒れる蛍。
 その後ろから、コツリと。
 喉を抑えて近寄る悪魔が、一匹。
「ふふ、見事だったよ。蛍ちゃん」
「なん、っで⁉」
 野茨梓は悠々と蛍の前まで歩いて、覗き込むように顔を近づける。
「私は両の奥歯に合計4種の薬を仕込んでるの。そのうちの一個が気付け薬でね。まあなんとか」
「……っ⁉ くっ、そ、くそぉっ!」
 必死で体を動かすが、ぎちぎちとスーツがきしむだけで全く動く気配はない。
 絶望を押し殺して、最初と同じ燃える目を見せる蛍に。
―――よし、決めた。
 梓はにこりと笑って言った。
「君を私の右腕にする」
 
■■■
 
 とりあえず臭いから、という理由で。
 復活した魔改造ベッドに四肢を拘束されて全身を洗われたあと。
 蛍と梓は、白い部屋の真ん中に置かれたテーブルに、向かい合って座っていた。
「………ねえ」
「なにかな蛍ちゃん? あ、もしかしてステーキとかでパーッとやりたい気分? でもほら、久々の固形食でいきなりがっつりはハードル高いよ?」
「いや、そうじゃなくて……」
「まあまあそう遠慮せず、梓ちゃんお手製七草粥だぜ。いやあ私の料理を食べれるなんて幸せだなあ蛍ちゃんは。まー私友達いないから他にふるまう人もいないんだけどねー、あっはっは」
「話を、聞けっ!」
「きゃあこわい」
 おどけて両手を上げる梓の態度にうすら寒いものを覚えて、蛍は嫌悪と軽蔑の目を向ける。
「意味が分からないんだけど。いきなりなんなの、あんたは。ぶち殺すわよ」
「ええ酷いなあ。まあまあ、とりあえず食べて食べて」
「あんたの作ったものなんて危なっかしくて食べられるわけないでしょ」
「ああ、ごめんね蛍ちゃん。いきなりでびっくりしたよね」
 ぎぢぃ、と、新しく着せられたラバースーツが硬化する。
 全身を固められた蛍に、梓はにたりと笑った。
「私は君を評価した。だけど君が玩具だってことは変わらないし、立場も変わらない。やろうと思えば全部後ろの穴から『補給』させても良いんだよ?」
「か、……っは」
「薬が効いてても窒息は辛かろう。どうする? 食べる? それとも昨日までみたいに、四つん這いでお尻開いて、たらたら愛液を垂れ流す?」
「た、べるっ! 食べるから!」
「よろしい」
 戒めが解けて、蛍は警戒しながら、ひと匙ずつお粥を口にする。
 梓はまたにこやかな笑みに戻ると、ぺらぺらとしゃべりだす。
「私にもいろいろあってね、耐久力と脳味噌のある助手が欲しいと思っていたところなんだよ。だから将来的に君を雇おうと思う。研究室からは出られないけど、ある程度の生活水準は保証するよ」
「じゃあ今すぐ出してよ」
「馬鹿言わないでよ」
 こっちもそこそこリスキーなことしてるからね、と言って、カロリーメイトをちびちびと噛む梓は笑う。
「将来的には、だよ。とりあえず、快楽漬けにして心をへし折って、隷属させるのが最初。当然だよね」
「…………結局何にも変わらないってわけね」
「まあそれは明日からのお楽しみってことで。うん、全部食べたね」
 蛍を見る梓の目が、すっとまた冷たくなって、蛍は背筋が寒くなる。
 演技を貫いて、なんとか脱出といったところまでたどり着けはしたが、蛍に余裕は全くなかった。
 充分に開発された体は、もう薬なしではまともに生きていけない所まで堕ちている。
 だけど。
(………絶対に、諦めない)
 あかりを助けるまでは。
 強い瞳で梓を睨み、蛍は言い切った。
「折れるもんなら折ってみなさいよ。また騙してやるから」
「いやあ、今日は一本取られたもんね」
 調教が始まる。
 
■■■
 
 復活したベッドで最初に取らされた姿勢は、四つん這いだった。
 スーツを着たまま、手首と足首を台座のような器具に埋め込まれる。
 臭いがきつくなったらやだからねー、と尿道にも管を入れられる。
 そして。
「はい口あけて。あーん」
「ん、んぐ、ゔっ!」
 開口器で口を広げられて、その口とほぼ同じぐらいの管を固定された。
 何も言えなくなった蛍に、梓は説明する。
「次はお口の中ね。この管を伝って、例の媚毒が流れてくるから、浸されちゃって? あ、飲んでもその分追加されるだけだから、気を付けてね」
「ん、んんんっ⁉ んーーーーっ! んむーーーーーっ!」
 作業の手付きは機械的だった。
 リモコン操作で、どろどろと媚毒が口内を満たし、蛍はその粘性に眉を寄せる。
 まだ薬が効いているから問題ないが、数時間後には地獄だろう。
 そう予想していた蛍は、やっぱり甘かった。
「あ、これさっき持ってきたやつ、あげる。不感剤を無効化するお薬」
 ぐり、っと、梓が蛍の肛門に座薬を入れた。
 直後だった。
「んぐっ! ぐ、んんんんんんんんんんっ! ―――~~~~~~~っ!」
 一瞬で体の感度が元に戻り、蛍は全身に繋がれた管をずりずりと動かして体を揺らす。
 股間と乳首に振動を与えられ。
 動いた拍子に尿道に刺さった管で絶頂しそうになり。
 媚毒がどんどんと口内を熱くする。
 舌を動かすだけで快感が走り、蛍は汗を滴らせて必死に首を振った。
「ん、んゔ、んんんっーー~~~っ! っぐ、ゔっ!」
 そして、イキそうになると大電圧をかけられる。
 ―――……イキたいっ。
 頭をそんな言葉がよぎり、そう思ってしまったことに歯ぎしりしながらも、反り返 る白い背中も揺れる尻肉も止められず。
 梓がにたにたと見守る中で、発情した猫のように鳴き声を上げ続けた。

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