50日目―逃走―

 極めて癪だが、アイリーンにもらった精神安定剤は良く効いた。
 しぶしぶ追加を頼んだのが昨日で、アイリーン曰く、今日の朝に担当の者が届けてくれるらしい。
 最後の薬を嚥下して、梓は白衣に袖を通す。
「……よし」
 自室を出ると、廊下の隅にのっぺりとした仮面を被った女が立っていた。
「アイリーン様よりお届け者です」
「ああ、知ってる知ってる。ありがとちゃん。お代は?」
 聞くと、女はこてんと首を傾げる。
「さあ……」
「さあ、って」
「いえ、その……。近いうちに受け取る、としか」
「はあ……?」
 まあいいか。
 ばいばーい、と手を振って、梓は歩く。
 うん、良い感じ。
 
■■■
 
「あ、ぁ………っく、あん、あう、………うっ」
 棺桶シフトにされた女は、最後にはいつもこうなる。
 絶叫の形に口を開き、でもかすれた声しか出せずに顔を振り乱す蛍に、梓はにたりと笑った。
 敏感なところから、そうでないところまで、媚毒を散布され、研磨され、ひたすらに喘がされるのだから無理もない。
 悶え、悦楽に溺れ、最後には喉を傷めて、自らの出した愛液に沈んでいく。
 ぺしぺしと顔を叩いて、梓は言う。
「もしもし、蛍ちゃん? 意識あるかにゃー?」
「あ、っう…………ぅ、あ、ず……さ」
「あっははだめだこりゃ、まあとりあえず」
「…………うぁっ」
 機械を操作する。
 棺桶を解いてベッドに戻し、蛍をその上に大の字に拘束する。
 雑に蛍の蜜壺に指を突っ込んでかき混ぜると、虚ろだった目が見開かれた。
「あ、あんっ! ああああああああああっ!」
「おっと。あー、そういや私、先週張形の設定忘れてたっけか。一週間ぶりに中を弄られて気持ち良かろう?」
 ぐちゅぐちゅ、と締りの良い膣壁を擦る。
 奥まで指を入れて、手前に引っかくように指を動かすと、ぶるぶると腰がわなないた。
「あ、あう、ああっ! あず、さ、やすませ、……てぇ!」
「ああーん? 先週の啖呵はどうしたのかなー?」
「イ……っ!」
 ぐりっ、とGスポットを押すと、梓の手に真っ白な愛液がかかった。
 それを舐めとり、蛍の顔にも擦りつけて、梓はにやにやと顔を近づける。
「怖くないんでしょ? 負け犬じゃないんでしょ? だったらちゃんと耐えようぜ?」
 あからさまな挑発。
 んん? と片目を開いて唇を歪ませる梓に、蛍の瞳にも光が戻った。
「言っ………てろ、下っ、端……」
「そんな恰好ですごまれても、ねえ? 下っ端の下のモルモットちゃん?」
 指をお腹に滑らせる。
 脇と首。
 平時ならくすぐったい程度の感覚しかないそこに、梓は指を添え、舌を這わせた。
 ぞくぞくぞく、と妖しい快感が広がっていき、蛍はすぐに切羽詰まる。
「ああああぁぁ………、はっ、ああ」
「かーわい」
「お前……、こんなこと、しても……。っくう、なにも、変わらな、ああっ、い、わよ」
「変わらないのは蛍ちゃんの感度でしょ。いや、むしろ悪化してるか」
 つー、と鎖骨から喉元までくすぐりながら、脇でも指を遊ばせて。
 梓は、はむ、と蛍の耳に舌を入れた。
「ふふ、イって、蛍ちゃん」
「あ、ああああ…………っ、――~~~~ッ、くっ、あっ!」
 性感帯でもない箇所への刺激で、蛍は明らかな絶頂を迎える。
 びくんびくんと白い体を波打たせて体中をめぐる快楽に悶える蛍と、梓は目を合わせる。
 もう瞳は揺れない。
「どう? まだ耐える? 無駄に頑張っちゃうかい?」
「………いくらされても、同じ……だか、ら」
「体は折れてもってやつかい? まあ、それなら勝手に耐えてくれれば、私としても面白いから構わないけど」
 するすると白衣を脱いで、梓はちろりと唇を舐めた。
「私も勝手に楽しませてもらうよ」
 
■■■
 
「ぎゅー」
「ふ、あう……」
 服を脱ぎ、縛られたままの蛍の上にまたがって。
 ベッドとの隙間に腕を入れて抱きしめると、蛍は小さな喘ぎ声を漏らした。
「………ぅ、ん」
「あー、髪が当たってくすぐったいのかな? ごめんねちゃんと気持ち良くしてあげないと」
「ち、がっ! あ、あうっ……」
 髪をひと束まとめて、屹立する乳首を撫でてやる。
 反対も口で吸ってやると、がくん、と蛍が震え、梓の体が持ち上がった。
「うあっと、危ないなあ蛍ちゃん」
「だれの、せいで……っ!」
「膂力が強いのも問題だよなあ。お仕置きはぐりぐりねー」
 回した腕で背中を撫でまわして、膝で蛍の陰部を刺激する。
 あんまよりも雑な責めだったが、すでに昂りきった蛍には十分すぎる刺激で、さらなる高みへ押し上げられた。
 額と背中を汗にまみれさせ、赤い顔を歪ませる蛍を、梓はぼうっと見つめる。
「蛍ちゃん……」
 白く色づきそうなほど湿った息を漏らす唇を、奪う。
「………う、んっ」
「ん、ちゅ………ふ、んむ」
―――やっぱり、落ち着く。
 蛍の匂いで満ちた口内に舌を入れて、唾液を舐めとる。
 鼻から抜ける声は興奮の表れで。
 ぎゅうぎゅうと回した腕に力を込めて、梓は蛍の奥の奥へと舌を伸ばして行く。
「………んうっ⁉ ふっ、んあ」
「ん、ちゅ、ほたる、ちゃん……ほたるちゃんっ」
 蛍の方も慣れてきたのか、疲れ切っているだけか、さしたる抵抗もなく受け入れていた。
 裸の体を重ね合わせて、口付けに没頭すること、どれぐらいか。
 とろとろと流れる蛍の愛液の染みがベッドに広がり。
 梓の秘部から滴った愛液が蛍のお腹に垂れた頃、ようやく梓は舌を抜いた。
「……っぷは、はあ、はあ……。この、へん、たい」
「あっはは、否定する気はないかなあ……。こんなだしね」
 蛍の臍に溜まった自分の淫液を掬って、梓は苦笑いする。
―――まったく、なんだってこんなになっちゃうかな……。
 ベッドの上でぺたんと座って、梓は蛍の頬を撫でた。
「愛してるぜ、蛍ちゃん」
「……気持ちわるい」
「ひっどいなあ」
 けっこう本気だったから、そこそこ悲しい。
 とう、とベッドから飛び降りて、梓は衣服を身に着ける。
 名残惜しいがいつまでも蛍ちゃんを堪能している場合ではない。ただでさえ先週めちゃくちゃにしたから、スケジュールが押している。
 まずはお昼ご飯かなー、と考えていると、蛍がつぶやいた。
「あんたは本当に、可哀想ね……」
「私よりも惨めな格好の人に言われても響かないぜ。また浣腸してあげようか?」
 ばさり、と白衣を羽織って、梓は薄ら笑いを浮かべる。
 構わず、蛍は一言だけ続けた。
「……あんたのことを愛してくれる人なんて、一人もいないよ」
「じゃあ蛍ちゃんに最初の一人になってもらおうかなあ」
「……無理やり言わせたり、自分からすり寄ったり。そんなことしても虚しいだけでしょ、頭良いのに、そんなこともわからないの?」
―――落ち着け。
 安い挑発に乗ってはいけない。必要なのはいつだって冷静さだ。わかっているだろう。野茨梓。
 悟られないように息を吸い込んで、梓はポケットから薬を取り出す。
 仮面の女に渡されたそれを、努めて冷静に嚥下する。
 すう、と頭から血が下がっていくのを感じて、梓はそっと息を吐いた。
「ははっ、蛍ちゃんってば饒舌だなあ。もしかして怖くなってき、ちゃ、……た……の?」
 くらりと視界が揺れて、梓は顔を引きつらせた。
 冷静さを通り越して緩慢にしか動かなくなった唇を震わせて、頭を抑える。
 おかしい。
 血の巡り方がおかしい。目がかすむ。足が震える。
「…………梓?」
 けげんな顔でこちらを見る蛍を、気にする余裕もなかった。
 立ち眩みを起こしてうずくまる梓は、安定作用の切れた頭を必死に回す。だが動かない。走馬灯のような千々のイメージしか湧かない。
 例えるなら脳が強制的に落とされたような。
―――脳。
「………くっ、そ」
―――優しすぎると、思ったんだ。
 悪態をつくこともできずに、梓はごとりと床に転がる。
 馬鹿だなあ、と自分で自分に笑いたい気分だった。
―――誰にも愛されないって、誰からも心配なんかされないって、わかってたはずなんだけど、な。
 自分に都合よく解釈して、アイリーンの善意を妄信した。
 それが、このざまだ。
 梓は、自分がどんな体勢なのかもわからずに、強制的に深い眠りに落とされた。
 
■■■
 
 薬によって昏倒され、ノンレム睡眠に移行するまでのわずかな時間に、梓は短い夢を見た。
 本当に一瞬、まるで静止画のような、取るに足らないくだらない夢だ。
 陽の下で、蛍が梓に笑いかけるだけの夢だった。
 
■■■
 
「ねえ、ちょっと……? ねえ!」
 薬を飲んだきり突然倒れた梓に、蛍はぎしぎしと枷を揺らして声をかける。
 単純に心配なのも少しはあったが、その状態で放置されることへの恐怖が大きかった。
 ぎしぃ、と力を籠めるも、破損から強化された戒めはびくともせず。
 どうしよう、と考えていると、ちかちかとモニターが点滅した。
『罠ナシ、去レ』
 同時に、枷が外れて、扉が開く。
「…………もう、なにがなんだか」
 そろそろとベッドから起き上がり、蛍はゆっくり立ち上がる。
 うっかり体をベッドにぶつけてしまうだけで快楽を受けてしまう体で、慎重に梓の白衣を探る。
「………あった」
 不感剤の予備は、前回と変わらない場所に入っていた。
 カードキーも奪い、裸に白衣だけを羽織って、蛍はもう一度モニターを見る。
「…………信用できるわけも、ないんだけど」
 かといって騙そうとするなら、身内に毒まで盛ることはないはずだ。
 とりあえず今は思考を放棄し、蛍は走り出す。
 一か月以上に渡って性拷問を受け続けてきた部屋から脱し、手近な階段を駆け上がる。
 侵入経路から逆算した逃げ道のシミュレーションは、捕まってからずっとしていた。
―――この階段は地下5階まで。そのあとは反対側の階段で、地上までいけるはず。
 ひたひたひたっ、と裸足で飛ぶように5階に達する。
 そのとき、こつっ、と前方から足音が聞こえて、蛍は手首を固めた。
 こつ、こつ、こつ。
 柱の陰から女の体が見えた瞬間、蛍は廊下に躍り出た。
「……なっ、お……っ⁉」
「ふっ!」
 一呼吸だった。
 現れたのっぺりとした仮面の女の側頭部に、掌底を打ち込む。
 不意打ちで沈め、ごとん、と重たい音が後ろで聞こえるのを無視して、蛍はさらに先に進む。

■■■

「はっ、はっ、……。本当、に」
―――出られた。
 久方ぶりの日光に涙を流しそうになりながら、蛍は裏口の扉を開ける。
 とはいえ、まだ問題はあった。
 研究所は郊外にあり、近くには民家の類はない。コンビニも、研究所に併設されているのを除けば徒歩圏内にはなく、さらに蛍には携帯もお金もない。
 しかし、幸か不幸か。
 ちょうど裏口の前に一台の車が止まっていて、蛍はそろそろと運転席を覗く。
 地図を片手に首を傾げているブロンドの女を見て、蛍はばんばん、と窓ガラスを叩いた。
「すいませんっ! 助けてください!」
「わっ! びっくりしたわねぇ。ってなに⁉ なんで裸?」
「監禁されてたんです! 何とか逃げてきてっ……、お願いしますコンビニでも電話ボックスでもいいので今すぐ逃がしてくださいっ!」
「ええと……? まあ、とりあえず乗りなさい」
 妙に日本語が上手いな。と思うも、今はそんな場合ではない。
 事態が良く呑み込めていない外国人に車に乗せてもらい、蛍は後部座席から身を乗り出す。
「ああ、えっとまずは……。そうだ、携帯! 携帯電話貸してください!」
 顔見知りの刑事でも前の会社の同僚でもいい。異常さえ知らせれば何とかなる。
 ブロンドの青い目の、はっとするほど美しい女性は、必死の蛍ににこりと笑いかけて言う。
「まずは落ち着きましょう?」
「そんなこと言ってる場合じゃっ!」
「まあまあ、どうせあなたは、逃げられないんだから」
「…………っ⁉」
 そして、言うが早いか。
 女は隠し持っていたスプレーを、蛍の顔に吹き付けた。
 疲労と、目まぐるしく動く状況と、興奮とで鈍っていた蛍は、躱すどころか反応することもできずに一瞬で昏倒させられる。
 ずりずりと、白衣だけを羽織った裸身が後部座席に沈んでいくのを見て、ブロンドで青い目の女、アイリーンは、にたりと三日月のような笑みを浮かべた。
「一丁上がりね」
 
■■■
 
『緊急レポート:被検体の脱走について』
 本日午前11:45頃、研究棟地下10階にて拘束管理中の被検体が逃走する事案が発生した。被検体は一時、研究所外まで至るも、偶然居合わせた次席研究員アイリーンにて捕縛され回収された。
 しかし、本件は一歩間違えれば研究所及び社の存続に関わる重大事案であり、最大限の警戒と再発防止の対策が必要である。
 臨時の幹部会議にて、本件についての処理は、以下のように決定した。
1)被検体については、高い身体能力を有するため、『Aシリーズ:Aileen』のもとで人格の調整を行った後、警備部としての再利用を目指す。
2)以前から精神への脆弱性、不安定性が指摘されていた『Aシリーズ:Azusa』については、主席研究員を解任。『Aシリーズ:Aileen』の管理下にて人格の調整を行った後、補佐役としての再利用を目指す。
3)研究所の存続を揺るがしかねない最悪の事態を未然に防いだ功績を称え、アイリーンを主席研究員に任ずる。

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